マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

2種類の“炎”が混ざっている

 精神は目にみえる。

 

 が――

 それは、あくまで事象ないし事象の連なりとして視え、観えるのであって――

 物質や物体として目に視え、観えるのとは、根本的に異なる。

 

 事象ないし事象の連なりを過不足なく視たり、観たりするのは――

 容易ではない。

 

 そして――

 その、

 ――目にみえる精神

 を、

 ――精神以外の身体の機能

 から分けて考えることも、また――

 容易ではない。

 

 ……

 

 ……

 

 たしかに――

 精神は目にみえる。

 

 が――

 それには――

 以上に挙げた2つの難しさが伴う。

 

 これら難しさは――

 多分に原理的である。

 

 簡単には解きほぐせぬ。

 

 それを――

 

 再び、

 ――人魂(ひとだま)

 の比喩を用いて述べたい。

 

 ……

 

 ……

 

 精神は、発言や行動によって目にみえる。

 

 それは――

 人魂が、発光や浮遊によって目にみえるのと同じである。

 

 ただし――

 人魂を視たり、観たりするのは、容易ではない。

 

 発光や浮遊という事象ないし事象の連なりを追い続けねばならぬからである。

 

 同様に――

 精神を視たり、観たりするのも、容易ではない。

 

 発言や行動もまた、事象ないし事象の連なりであるからだ。

 

 加えて――

 

 一見、精神によると思われる発言や行動が――

 本当に精神に由来をしているのか――

 

 それを見極めるのも、また――

 難しい。

 

 例えば――

 深部(しんぶ)腱反射(けんはんしゃ)の行動を精神から選り分けるには、原理的に難しい。

 

 それは――

 さながら、

 ――人魂の炎は2種類が混ざっている。

 というような難しさである。

 

 ――人魂に由来をしている炎

 と、

 ――人魂には由来をしていない炎

 との2種類である。

 

 例えば、

 ――夜などに宙を舞う炎には、人魂による炎の他に、空中のメタン・ガスなどが燃えて生じる炎が混ざっている。

 というような難しさである。

 

 『随に――』