今日も百人一首から――
夢枕獏さんの『陰陽師』(文春文庫、1991年)に「恋すてふ」と「忍ぶれど」とが紹介されています。
主人公・安倍清明と、その親友・源博雅との会話です。
「恋すてふ」とは、次の一首――
恋すてふ我が名はまだき立ちにけり
ひと知れずこそ想ひ初(そ)めしか
――恋をしているらしいという私の噂が広まってしまった。誰にもわからないように想い始めていたのに――
「忍ぶれど」とは、次の一首――
忍ぶれど色に出にけり我が恋は
ものや想ふとひとの問ふまで
――想いを隠していたが、ついに顔色に現れてしまったことだ。恋をしているかと、人が訊ねるほどに――
一首目は壬生忠見の歌、二首目は平兼盛の歌です。
内裏・清涼殿での歌合わせに出された二首です。
判定を下す藤原実頼は、どちらを勝ちとするかで迷い、最後は、ときの帝の村上天皇が、思わず「忍ぶれど」と呟いたことによって、決着したそうです。
敗れた壬生忠見は食を断ち、餓死します。
その後、清涼殿には忠見の怨霊が徘徊しているとの噂が――
――青い顔をした忠見が、恋すてふを口にしながら――
徘徊するのだそうです。
この辺が夢枕さんですよね。
見方によってはユーモラスです。
このエピソードを知って以来――
僕は、この二首が好きになりました。
最初に好きになったのは「忍ぶれど」です。
が、「恋すてふ」も捨てがたい。
とくに最近は「恋すてふ」が好きかもしれません。
だって、素直ですよね。歌の切り口が――
――恋すてふ我が名はまだき立ちにけり――
いやいや――
僕の話じゃないですよ。