人は理だけでは動かない。
情が大きく作用する。
だから――
人を動かそうと思ったら――
情に訴えることも重要だ。
が――
情は難しい。
計算ができない。
例えば、どのような情が効果的かとか――
どのタイミングで効果的かとか――
そのような計算は、ほとんど意味をなさない。
情は、背景に計算が隠されているとわかるとき――
その効果を著しく減弱させる。
理は、そうではない。
非情に容易である。
理とは、益であり論である。
まさに計算そのものである。
例えば、どのような理が効果的かとか――
どのタイミングで効果的かとか――
そういった計算は、容易に成り立ってしまう。
簡単にいえば――
正確無比な理こそが、いかなるタイミングでも効果的なのだ。
そして、理の切れ味を「正確無比」に研ぎ澄ませることは――
鍛練次第で、どうにでもなる。
理の切っ先を、いかなるタイミングでも突き出せるようにするためには、どうすればよいか。
とにかく、油断をせねばよい。
いつも注意を払っていればよい。
なんと容易なことか。
が――
情は、そうはいかない。
雲をつかむようなところがある。
情は、容易な計算を許さない。
情は、益や論とは無縁である。
それゆえに――
けだし、情は、ときに絶大なる効果を発揮する。
一般に――
人は若いときに理を習得し――
その後、齢を重ねる度に、情の扱いに長けてくる。
もし、若いときに理を習得し損ねて――
その後、いつまでも情から逃げていると――
とんでもない人間になってしまう。
なんとしても避けるべきである。