空に浮かぶ雲の情景を、電車の窓から見上げていたら――
あたかも油絵を眺めているような気分になりました。
優れた油絵の作品をみていると、時々、本物の情景かと見紛うばかりの描写に行き当たることがありますが――
そういう描写ばかりをみていると、そのうちに逆転してくるのですね。
本物の情景が油絵みたいにみえてくる――
そういう情景を電車に乗って眺めていたら――
ふと――
子供の頃の記憶がよみがえってきました。
たぶん、4歳か5歳の頃です。
*
母が木箱を手にしていました。
大人の手の平サイズで、表面には黒い線で複雑な花の模様が描き込まれていました。
――そのうちに暇をみつけて、この木箱に色を塗る。
と、母はいいます。
花の模様は精巧で、それに様々な色彩を塗り込むことは、大変にやりがいのある作業に思えました。
塗り終えた後の充実感は、相応のものだったでしょう。
当時の母には、画業に多少の興味があったようでした。
ところが、どういうわけか――
母のその言葉をきいて数日と経たぬうちに――
僕は、手持ちの絵の具を取り出して、その木箱を緑色に染め上げたのです。
子供のやることです。
巧くできるわけがありません。
僕は、花の精巧な描写を嘲笑うかのように、太めの筆で、無造作に緑の絵の具を塗りたくりました。
それを母がみつけたのは、しばらく経ってからです。
――なんてことするの! 楽しみにしていたのに!
母の苛立ちや落ち込みは、想像以上でした。
それから何年か経って――
(あのとき、僕は、とっても悪いことをしてしまったんだね)
と感じ入ったのを覚えています。