人と人とは、自分にないものを持っているから、互いに惹かれ合っていくようなところがありますね。
が――
惹かれ合って、いつも一緒にいるようになると――
逆に、その「自分にないもの」が目障りになってきます。
――最初は、僕にない積極性のあるコだな、いいな、って思っていたけど、そのうちに、その積極性が攻撃性に思えてきて、ひどく嫌になって、それで別れたよ
なんて話は珍しくありません。
人と人とが仲良くするためには、つねに適度な距離感が大切です
互いの違いを冷静に受け止められるだけの距離感です。
しばしば、
――親しき仲にも礼儀あり。
などといわれますが、
――親しき仲にも距離感あり。
のほうが、より正確のように感じます。
同じような理屈が、親子関係にも当てはまると考えています。
そもそも「親しき仲」の際たるものとは、親子でしょう。
とくに母親と子供との関係です。
それは切っても切れない関係です。
例えば、母親と子供とが、
――あんたなんか子供じゃない! どっか行きなさい!
――ああ、いいさ、行ってやる! せいせいするよ!
などと罵り合ったところで――
その子供がその母親の胎内から生まれ出た事実は消せません。
では――
親子で距離感を確保するには、どうしたらよいのか。
互いにないものをいかに多く探し出し、それらをかけがえのないものとして、いかに強く肯定的に意識し続けるか、でしょう。
自分になくて子にあるもの――
自分になくて親にあるもの――
そういったものを一つひとつ冷静に認識していこうとする態度が、距離感の確保には有効です。
通常、親子は互いの似たところに目を奪われがちです。
子が生まれたばかりの家庭では――
親は、自分と似たところを子にみつけ、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちを抱きます。
それが、後年、親子関係を拗らせる最大の要因でしょう。
親子ですから、似ているところがあるのは当たり前です。
違うところをこそ探したい――親子で違うというのは、ほとんど奇跡みたいなものですよ。
その探索の意志が、親子関係に適度な距離感をもたらすでしょう。
互いの似たところも、より温かく感じられるでしょう。