マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

擬人化あるいは擬“鬼”化の具体例が、また一つ

 いわゆる新型コロナ・ウイルスの世界的な大流行の兆しを踏まえ――

 世界保健機関World Health Organization)のテドロス・アダノム事務局長は、きのうの記者会見で、

 ――私たちは、このウイルスのなすがままにはならない。

 と述べたそうです。

 

 実際には――

 英語で、

 ――The bottom line is we are not at the mercy of the virus.

 と述べたようですね。

 

 このコメントを直接的に和訳すると、

 ――大切なのは、私たちはウイルスのなすがままではないということだ。

 となります。

 

 テドロス事務局長のいう「at the mercy of……」は、「~のなすがまま」という慣用句です。

 多くの場合、「~」の部分には「人」に相当する主体が入ります――「mercy」が「慈悲」とか「寛容」とか「救済」とかいった日本語に訳されることが多い点とも符合します。

 

 きのうの『道草日記』で――

 僕は、いわゆる新型コロナ・ウイルスは、しばしば擬人化される――あるいは、擬“鬼”化される――と述べましたが――

 その具体例が、また一つ増えたように思います。

 

 もちろん――

 テドロス事務局長のコメントは日本語ではなく、英語であり、しかも、テドロス事務局長は英語を母国語とする人ではないようですから――

 早計に「擬人化」ないし「擬“鬼”化」とは決めつけないほうがよいのかもしれません。

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 どうでしょうね。

 

 少なくとも、擬人化ではあるでしょう。

 

 ……

 

 ……

 

 ちなみに――

 

 テドロス事務局長は、同じ記者会見で、

 ――すでに、このウイルスは非常に多くの国々で足がかりを得た。

 とも述べているようです。

 

 英語では、

 ――Now that the virus has a foothold in so many countries――

 ですね。

 直接的な日本語訳は、

 ――今や、ウイルスは非常に多くの国々に足がかりをもっている。

 です。

 

 ここでいう「foothold」は、ふつうは「足がかり」と和訳される言葉です――ウイルスに足はないはずですが――

 

 ……

 

 ……

 

 もちろん、

 ――テドロス事務局長は、ただ英語の慣用句を用いただけである。

 という指摘は一理あります。

 

 が――

 その慣用句が擬人化の様相を備えた比喩表現であったことは、注目に値すると――

 僕は思います。

 

 意識的か無意識的かはさておき、いわゆる新型コロナ・ウイルスに“人知を超えた知”を感じとっていたからこそ、そういうコメントになったのではないか――

 そう感じます。