マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

批判的思考の実際

 「Critical thinking」の「critical」は、

 ――物事の良し悪しを決定的に評する

 つまり、

 ――物事を本質的に評する

 という意味である――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 よって、

 ――Critical thinking

 は、

 ――批判的思考

 と訳されるのが一般的ではあるけれど――

 僕は、

 ――本質的思考

 と訳するのがよいと考えていることも、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 ……

 

 ……

 

 この、

 ――批判的思考

 ないし、

 ――本質的思考

 の実際を考えてみましょう。

 

 以下――

 話をわかりやすくするために、

 ――Critical thinking

 の訳語を、

 ――批判的思考

 で統一をします。

 

 ……

 

 ……

 

 ――批判的思考

 の原語は、英語の、

 ――Critical thinking

 であり――

 その、

 ――Critical

 は、

 ――物事の良し悪しを決定的に評する

 ないしは、

 ――物事を本質的に評する

 という意味ですから――

 

 ――批判的思考

 とは、

 ――物事の良し悪しを決定的に評しながら進めていく思考

 あるいは、

 ――物事を本質的に評しながら進めていく思考

 ということになります。

 

 要するに、

 ――思考の要所で物事の評価が関わってくる。

 ということです。

 

 ――思考の要所

 とは、主に、

 ――前提の設定

 および、

 ――結論の導出

 の2つでしょう。

 

 つまり――

 批判的思考では――

 思考の前提として用いる事実や原理、仮定に慎重な検討を加えます。

 

 それら事実や原理、仮定は、考えの出発点として優れているといえるかどうか――他者に共有されることが期待できるくらい十分に一般的といえるかどうか――

 

 そして――

 思考の結論として表れる主張や見解、仮説にも慎重な反省を加えます。

 

 それら主張や見解、仮説は、考えの終着点として劣っていないといえるかどうか――他者に受容されることが期待できるくらい十分に普遍的といえるかどうか――

 

 そのような検討や反省が加えられる思考――

 それこそが、

 ――批判的思考

 ということになります。

 

 ちなみに、

 ――前提の設定

 と、

 ――結論の導出

 との間を埋めるのは、

 ――論理の展開

 です。

 

 “論理の展開”は、少なくとも、論理の扱いに慣れている者にとっては、“思考の要所”ではありません。

 

 もちろん――

 ときには激しい情動に突き動かされ、

 ――論理の飛躍

 という誤謬に陥ることはありますが――

 

 思考の鍛錬を十分に積んだ者にとっては――

 そのような誤謬は稀です。

 

 少なくとも、

 ――批判的思考

 の要点は、

 ――前提の設定

 と、

 ――結論の導出

 とにあって、

 ――論理の展開

 にはない――

 といえます。