マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

失敗を楽しめない者は自然科学を楽しめない

 ――自然科学の証明の本質

 は、

 ――否定

 にある――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 それゆえに、

 ――失敗を楽しめない者は自然科学を楽しめない。

 と、いわれます。

 

 人は――

 自然科学の研究者に限らず――

 何らかの事柄を前提に据えた上で、何らかの判断を下し、何らかの行動に移します。

 

 その判断や行動の結果――

 何らかの手痛い失敗をすることで――

 自分が据えていた前提が、

 ――否定をされた。

 と感じる局面――その局面こそが、自然科学では、知的興奮を最も強く呼び覚ますのです。

 

 よって――

 自然科学の研究の現場では――

 そうした“手痛い失敗”を怖がって避けているようでは――

 いつまで経っても、

 ――否定をされた。

 と感じることがなく――

 ひいては、知的興奮を呼び覚ますことができないのです。 

 

 これでは――

 自然科学を楽しむことは、到底できないに違いありません。

 

 ――地球外知的生命体

 や、

 ――超光速航法

 のことを自然科学的に考える場合も――

 同じです。

 

 基本的には、

 ――“手痛い失敗”を怖がらない。

 という発想が鍵になります。

 

 もし、

 ――地球外知的生命体はいる。

 と本気で思うのなら――

 まずは、

 ――地球外知的生命体はいない。

 と仮定をするのがよいでしょう。

 

 あるいは、

 ――超光速航法は実現可能である。

 と本気で思うのなら――

 まずは、

 ――超光速航法は実現可能でない。

 と仮定をするのがよいでしょう。

 

 それが、自然科学的には正当な発想といえるのです――たとえ、それが酷い回り道に思えたとしても――

 

 大切なことは、

 ――地球外知的生命体はいる。

 と思って――

 それを一生懸命に探し出そうとする――

 あるいは、

 ――超光速航法は実現可能である。

 と思って――

 それを一生懸命に編み出そうとする――

 

 そういう発想は――

 少なくとも自然科学的に正当な発想とはいえない――

 ということです。