マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ロシア政府の首脳部が“人道の罪”を意に介さない理由

 ――人道の罪

 といわれると、ドキリとします。

 

 ――人道の罪

 に対する概念は、おそらくは、

 ――法律の罪

 つまり、

 ――違法性

 でしょう。

 

 ――人道の罪

 は、

 ――法律の罪

 よりも一見、重いように感じられます。

 少なくとも日本語で扱う場合は、そうです。

 

 が――

 今回のロシア政府によるウクライナ侵攻に関し――

 ロシア政府の首脳部は、

 ――人道の罪

 を全く意に介していないようにみえます。

 

 むしろ、

 ――経済制裁は違法だ!

 と主張をしていたりする――

 

 この感覚は――

 おそらく、ロシア政府の立場に共感を抱けない人々――もっといえば、ロシア政府に反感を抱いている人々――には、理解を域を越えているように感じられます。

 

 その感覚に怒りを覚えたり、悍(おぞ)ましさを覚えたりするのが、普通であろうと思いますが――

 国際社会では、互いに共感を抱けない関係性は当たり前ですから――

 その怒りや悍ましさに思考を止めてしまうのは――

 そんなに賢明なことではないでしょう。

 

 ロシア政府の首脳部は、なぜ、

 ――法律の罪

 のみを糺し、

 ――人道の罪

 は意に介さないのか――

 

 おそらく、

 ――人道

 の語義の主観性に着目をしているからでしょう。

 

 ――人道

 とは、

 ――人として守るべき道

 のことで、

 ――人として「正しい」と思われる思考や発言や行動を心がけること

 です。

 

 どんな思考や発言や行動を「正しい」とみなすかは――

 それぞれの人の主観に依ります。

 

 つまり、

 ――人道

 というのは、

 ――世界の多数派の人々が「正しい」とみなす思考や発言や行動を心がけること

 であり――

 いわば、

 ――世界の多数決

 で導かれる概念なのです。

 

 ロシア政府の首脳部は――

 2014年に主要8か国首脳会議の席から外されたときに―― 

 すでに自分たちの主張が、

 ――世界の多数決

 によって否まれたことを痛切に感じとっています。

 

 この感覚が、

 ――人道の罪

 を意に介さず、

 ――法律の罪

 のみに拘泥をするロシア政府の首脳部の感覚の土台に――

 あるのではないでしょうか。

 

 ――人道? そんなもの、少数派の我々には関係ないね!

 

 その思いは、

 ――世界の多数決

 で拒まれた遺恨が具体化をしたものと考えると――

 いくらか理解がしやすくなるように――

 僕には感じられます。

 

 もちろん――

 いくらか理解がしやすくなるからといって――

 それを受け入れたり、それに納得をしたりすることは、決してありませんけれど――