マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

胸の底から吹き上がるドス黒いマグマのような呪詛の言葉との闘い

 ロシア政府の侵攻を受け、今のウクライナの人々の気持ちがどんなものなのか――

 それを推し量るのは、並大抵のことではありませんが――

 

 少しの創造力や想像力とを用いることで――

 その疑似体験をすることが、少なくとも僕には、できるような気がしています。

 

 なぜ、

 ――少なくとも僕には、できるような気が――

 なのか――

 

 ……

 

 ……

 

 

 それは――

 2011年3月の東日本大震災のときに――

 僕が被災地の只中にいたからです。

 

 宮城県石巻市津波が押し寄せてきた沿岸部で――

 僕らは建物の2階部分に逃げ込んでいました。

 

 周囲は瓦礫の山――

 

 そして――

 ところどころに、遠目ながら、人の亡骸らしきものがみえました。

 

 「この辺は、もう、あちこち、死体だらけですよ」

 と、近所を見回ってきて泥だらけになった人が、いっていました。

 

 その数日後――

 少し事情があって、僕は津波が押し寄せてきた沿岸部から少し離れた地域に赴いていました。

 

 そのときに――

 軽トラックで荷物を運んできた男性と立ち話をしました。

 

 「いったい、どれくらいの人が亡くなったでしょうね」

 と、僕がいうと、

 「さあ、どうですかね。石巻だけで 2~3 万人くらいは亡くなったんじゃないですか」

 と、その男性はいいました。

 

 後年――

 宮城県石巻市の死者・行方不明者の総数は 4,000 弱であったことが判明しています。

 

 が――

 当時の僕らの肌感覚では、死者数が 4 桁に収まるとは、ちょっと思えなかったのです。

 

 なぜ――

 こんなふうに、大勢の人たちが一度に命を落とさなくてはならなかったのか――

 津波が来るまでは皆ふつうに幸せな日常を送っていたはずなのに――

 

 やるせない気持ちだけが募りました。

 

 が――

 誰からともなく、

 ――自然災害ならしょうがない。

 の言葉が繰り返されるようになりました。

 

 ――津波には勝てないよ。

 と――

 

 その言葉に――

 ずいぶん救われた気がしました。

 

 ……

 

 ……

 

 今、ウクライナでは、おそらく――

 東日本大震災のときに宮城県石巻市で亡くなった人と同じくらいの数の民間人が、亡くなっています。

 

 軍人を含めたら――

 もっと多いでしょう。

 

 ……

 

 ……

 

 東日本大震災は、自然災害でした。

 

 ロシア政府による侵攻は、自然災害ではありません。

 人為災害です。

 

 今のウクライナの人々の気持ちは――

 どんなものなのでしょうか。

 

 ……

 

 ……

 

 東日本大震災に遭った直後の僕らが、津波による死者・行方不明者の数の多さを肌感覚で掴んでいたときに――

 もし、

 ――あの津波は、ある外国政府の最高指導者の命令によって引き起こされた。

 と聞かされていたら――

 どうであったでしょう。

 

 そして―― 

 その“外国政府の最高指導者”の顔は、テレビのニュースなどで、誰もが知っている顔であったとしたら……。

 

 おそらく――

 胸の底から吹き上がるドス黒いマグマのような呪詛の言葉に――

 僕らは、長らく苦しんだに違いありません。

 

 ……

 

 ……

 

 信じがたい惨状に見舞われても、

 ――これは自然災害だ。誰も悪くないんだ。

 と、皆で笑顔を持ち寄り、慰め合ったことで――

 僕らは救われました。

 

 そういう救いが――

 今のウクライナの人々には、おそらく、ありません。

 

 ――胸の底から吹き上がるドス黒いマグマのような呪詛の言葉との闘い

 

 それが――

 今のウクライナの人々の気持ちを引き裂いているように――

 僕には思えます。