短編物語集『堤(つつみ)中納言物語』の一編、
――虫愛づる姫君
の主人公・虫好きの姫のモデルになっているであろう人物――藤原宗輔(ふじわらのむねすけ)の娘――通称、若御前(わかごぜん)――は――
平安後期の公卿・藤原頼長(ふじわらのよりなが)と、たんに面識があったというだけではなくて――
互いの性別をこえて誼を通じ合う仲ではなかったか――
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
もし、そうであったのなら――
虫好きの姫の為人(ひととなり)が、
――虫愛づる姫君
の物語の中で、どちらかというと否定的に描かれていることの理由が、よくわかります。
10月2日の『道草日記』で述べたように――
虫好きの姫は、
(そんなにカッコよくは描かれていない)
と僕は思っています。
作り物の蛇を贈られると、それが作り物であると見抜けなかったり――
誰かに覗かれているかもしれないと思って、慌てて屋内へ逃げ込んだり――
そうした描写には――
虫好きの姫への揶揄が込められているように――
僕には感じられます。
なぜ、虫好きの姫は揶揄をされているのか――
――そのモデルとなった若御前が藤原頼長と親しかったから――
と考えれば――
辻褄は合います。
藤原頼長は、京の都の権力闘争に敗れ、非業の死を遂げました。
その後の歴史は、藤原頼長を敗死に追い込んだ者たちによって書かれています。
若御前が――
もし、本当に藤原頼長と親しくしていたのなら――
当然のことながら、藤原頼長の死後に、批判的に語られることが多くなったはずです。
現実の若御前の為人の一部が取り出され、それが矮小に描かれることで――
若御前の弱点や欠点が論(あげつら)われるくらいのことはあったでしょう。
その結果が、
――虫愛づる姫君
の主人公・虫好きの姫の人物造形となって顕在化をした――
そう考えることができます。