つかの間の散歩を楽しみました。
仙台市街に定禅寺通りという並木道があります。
両側を2車線だか3車線だかの車道で挟まれている並木道なのですが――
僕は、この並木道が好きなのですね。
僕だけではないと思います。
仙台の街並を代表する景観として、しばしば注目される通りです。
定禅寺通りを歩いていると、イヤなことを忘れられます。
深みを帯びた木々の緑が、胸中のワダカマリを抜き取ってくれる気がするのです。
気のせいですがね、もちろん――
通りを過ぎれば、また、すぐにイヤなことを思い出すのですから――
一時しのぎの癒しの効力を、僕は信じてはおりません。
僕が定禅寺通りを歩くのは、ただの逃避でしょう。
――心が洗われる
という比喩表現などを鵜呑みにするわけにはいかないのです。
逃避でいいのですよ。
人間、ときには逃避が必要です。
もちろん――
いつも逃避ばかりしているのは愚かなことですが――
一時的な逃避なら許されるでしょう。
いつも何かに立ち向かっていく必要はありません。
そんなことをしていたら、身も心もクタクタです。
退くべきときは退く――
万事に通じる理(ことわり)でしょう。
退きっぱなしでは困りますが――