マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

人はムダである

 人が人らしくあるためには、暮らしに遊びが必要です。
「遊び」というのは、「ムダ」と言い換えてもよいのですよ。

 毎日・毎時間、必要かつ十分なことをこなすだけでは、人は人らしくはいられないでしょう。

 例えば――
 やってもやらなくてもどうでもいいようなこと――つまりムダなこと――にまで手を出さないと――
 人は人らしくはいられないのです。

 しばしば、

 ――人生にムダはない。

 などといいますね。

 ――ムダにみえることも、実は役に立っている。だから、ムダはない。

 という意味でいわれますが――
 そうではないと思っています。

 一見ムダにみえて実は役に立っているのであれば――
 それはムダではないのです。

 ムダというのは、正真正銘、何の役にも立っていないものです。

 そのムダが、人を人らしくさせています。

 つまり――
 僕は、

 ――人はムダな存在である。

 ということがいいたいのです。

「ムダな」というのは「この世界にとってムダな」という意味です。

 世界にとってムダな存在であるからこそ、少しはムダなことをしていないといけない――
 ムダなことをしなければ、人は人らしくなくなってしまうのです。

 人それ自体が、ムダだからです。

     *

 発想が間違っていますか?(笑

 そうかもしれませんね。

 でも――
 そうでないかもしれませんよ。