毎年、終戦記念日が近づくと――
小・中学生たちの、
――絶対に戦争をしてはいけないと思いました。
といったコメントが、TVなどで報道されるのですが――
あまりにも紋切り型の発言ばかりが並ぶので――
かえって不安になるのです。
(あの小・中学生たちは、なぜ戦争が始まるのか、ちゃんと想像できているのかな?)
と――
小・中学生たちのコメントは、たいていは太平洋戦争(大東亜戦争)の体験談が基になっているようです。
体験談というのは、例えば、密林の戦場や故郷の空襲を知っているお年寄りのお話のことです。
そうした悲惨な体験を繰り返す人があってはならない――
――だから、戦争はよくない。
という骨子ですね。
戦争がよくないのは、その通りですが――
戦争は日々刻々と様変わりをしています。
近い将来に起こるかもしれない戦争を防ぐには――
半世紀以上も前の太平洋戦争の実態を小・中学生たちに伝え、戦争の恐怖や戦争への嫌悪を刷り込むだけでは不十分です。
将来の戦争は、あの太平洋戦争とは似ても似つかぬ戦争に違いありません。
熱帯の密林で陣地を奪い合うような戦争や、夜の空から焼夷弾が降ってくるような戦争は、たぶん2度と起こらないでしょう。
そうした愚かさや残虐さであれば、すでに多くの人々が学び取っています。
そうした人々の中には、戦争の必要性を声高に叫ぶ人たちも含まれているでしょう。
そういう人たちは、必ずや、
――今度の戦争は、あの太平洋戦争とは違うものになる。
などといい、人々を新たな戦争に駆り立てるでしょう。
将来の戦争は、未知の愚かさや残虐さを含む戦争です。
少なくとも陣地の奪い合いや焼夷弾とは無縁の戦争になる可能性が高い――
そうした戦争を防ぐには、戦争の本質――戦争という社会現象が時代をこえて含む性質――を考えねばなりません。
今の小・中学生たちに伝えるべきは、そうした戦争の本質なのです。
戦争は、自分たちの生命や財産が脅かされていると感じた者たちが始めます。
とくに「財産」が、厄介な問題となります。
多くの戦争は、
――豊かな暮らしができなくなる。
とか、
――今にも大きな損をしてしまう。
といった理由で始まります
つまり――
「絶対に戦争をしない」という決意は、例えば――
暮らしが貧しくなっても、あるいは、大損をしそうになっても、戦争には絶対に反対し続けるということです。
たとえ時の政権が「今の暮らしを守るためには戦争が必要だ」といいだしても「大損をしないためには戦争をするしかない」といいだしても――
絶対に耳を貸さないようにする、ということです。
そのようなことをいいだした政治家には、ためらわず「否」の意思表示を突き付ける勇気を持つということです。
戦争以外の解決策を模索している政治家に力を貸す勇気を持つということです。
小・中学生たちには、次のように伝えるといいでしょう。
――戦争をしないということは、例えば、嫌いな同級生のせいで自分のお小遣いが減らされても我慢をする、ということだよ。決して、その同級生を恨んだり、その同級生に仕返しをしたりしない、ということだよ。その同級生も含めて周囲の全ての人たちを傷つけることなく、減らされたお小遣いを少しでも元に戻すように、粘り強く努力を重ねていくということだよ。
と――