マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

信じるか、信じないか――ただ、それだけ

 人を信じる・信じないは――
 最後は、確たる根拠にすがることなく、直感で決めるしかないと思っています。

 もちろん――
 それまでのその人の言動をよく観察し、理解し、分析し――
 それら結果をもとに「信じる・信じない」の参考とするのですが――
 それは、あくまでも参考なのであって――
 絶対的な根拠とはなりえません。

 ですから――
 どんなに慎重に決めたつもりでも――つまり、どんなによく観察し、理解し、分析し、その結果、信頼したつもりでも――
 最終的には、

 ――裏切られた~!

 との顛末を辿ることはありえます。

 これは――
 もう、どうしようもない――

 未然に防ぐことは、どんなに手立てを尽くしても、無理だと思うのですよね。

 だって――
 裏切った当人は、自分では裏切った自覚のないことが、ほとんどですから――

 実在するのは、裏切られたと自覚する人の「裏切られた~!」という思いだけであって――
 裏切ったとされている人の心の内に「へへ、裏切ってやったぜ!」みたいな思いは、たいていの場合は、実在しないのです。

 人の心理とは、そうしたものです。

 だったら――
 最初から直感だけを信じるほうが、潔いといえましょう。

 なぜ、その人を信じるのか――
 そこに、あえて論理を介在させない――

 直感に頼った結論だけを顕在させる――

 信じるか、信じないか――
 ただ、それだけです。