作家の竹内薫さんが――
今年の5月にお出しになった『失敗が教えてくれること』(総合法令出版)では、
――「ダメもと」の失敗を恐れないセンス
が取り上げられています。
この「センス」をいかんなく発揮された著名人として――
小澤征爾さんの例が挙げられています。
小澤さんは世界的に有名な音楽指揮者です。
しばしば「世界のオザワ」などと称揚されますよね。
竹内さんによると――
この小澤さんは、無名だった頃に「ダメもと」の失敗を恐れなかったことが功を奏しました。
小澤さんは、24歳のときにフランスで音楽コンクールに参加しようと試みます。
ところが、応募に必要な書類が期日までに揃わない――このままでは、来年まで待たないといけない――
どうしても諦めきれなかった小澤さんは、友人のツテを頼って、なんと在仏のアメリカ大使館に駆け込むのです。
そして、そこの文化担当者にコンクールの参加を掛け合ってもらおうと思った――
すごいですね~。
で――
この文化担当者というのが、実に肝のすわった女性でして――
おそらく当時の小澤さんよりも、だいぶ年上だったと想像するのですが――
この文化担当者の女性が、小澤さんに問うのです。
「あなたは良い指揮者か、悪い指揮者か」
と――
小澤さんは大声で答えます。
「僕は良い指揮者だ!」
これを聞いた文化担当者の女性は大いに笑って――
その場で電話をかけ、コンクールの事務局に参加を掛け合ってくれたのだそうです。
こうして参加を許された小澤さんは――
そのコンクールで優勝を果たされます。
見事に「僕は良い指揮者だ!」を実証してみせたのです。
――このときの小澤さんが、もし「ダメもと」の失敗を恐れ、在仏のアメリカ大使館に駆け込んでいなければ、どうなっていたか。もしかしたら、後年の「世界のオザワ」はなかったかもしれない。
そう竹内さんは仰っています。
*
この小澤さんのエピソードを僕が知ったのは、『失敗が教えてくれること』が出版される1~2か月ほど前でした。
僕は、『失敗が教えてくれること』の監修を務めておりまして――
その仮原稿をチェックしていて知ったのです。
僕にとっての小澤征爾さんは、小学校の音楽の教科書でみたイメージが全てでした。
オーケストラを相手に指揮棒を振るっていらっしゃるご様子です。
何といっても小学校の教科書で刷り込まれたイメージですから――
貫録のある荘厳なお振る舞いばかりが思い浮かびます。
少なくとも、「あなたは良い指揮者か、悪い指揮者か」と訊かれて、「僕は良い指揮者だ!」と即答してしまうようなお人柄は――
ちょっと想像できなかったのですね。
――私は、自分では良い指揮者だと信じているか、本当に良いかどうかは周囲の人たちが決めることだ。
といった内容を重々しく答えるようなお人柄を想像しておりました。
ですから、『失敗が教えてくれること』の小澤さんを、にわかには受け入れがたかったのですね。
ところが――
*
その小澤征爾さんがゲスト出演をされていまして――
少年のように笑顔を輝かせ、身振り手振りを交えて――
活き活きとご自分のお考えを語っていらっしゃる――
「ごめんなさいね、打ち合わせになかったのにね。そういう質問をあなたがされたから、つい……」
といったような釈明をされていましたが――(笑
その愛嬌たっぷりのご様子をみていたら、
(なるほど~)
と思いました。
今から55年前――
24歳の小澤さんの「僕は良い指揮者だ!」と叫んだ場面が――
ありありと目に浮かんだのです。
小澤さんは1935年のお生まれで――
今年で満79歳におなりだそうです。