ときどき、
――虚構の自由
を満喫したくなります。
「虚構の自由」とは――
虚構で何事かを表現するときに味わえる自由のことでして――
例えば――
この『道草日記』は虚構ではありませんから――『道草日記』を書いているときは、「虚構の自由」は楽しめません。
この『道草日記』を書くときは、
(あ~、ウソを書かないように気をつけないとな~)
と気をつけながら――
いつも書いております。
ですから――
けっこう窮屈なのですよ。
あれも書いちゃいけない、これも書いちゃいけない――
が――
虚構だったら、何でも書けるのですね――だって、虚構ですから――
読んだ人に、
――ウソつけ!
と怒鳴られたって、かまわない――だって、ウソですから――
もちろん――
あまりに自由に書きすぎて、
――しょうもない!
と小バカにされることはあるのですが――
それは、それ――
どんな結果に終わっても、最終的には「虚構の自由」を満喫した充足感だけは残ります。
その感覚は、体験する者にしかわからない――何事にも代えがたい報酬なのです。