大学生だった頃に――
当時、僕が専攻したいと思っていた分野で業績をあげていた欧米人科学者が――
日本の新聞だか雑誌だかの取材に答えて――
たしか、こんなことをいっていました。
――晴れた日は庭に出て論文を読むようにしている。
「庭」というのは、勤務先の大学にある芝生の庭園のことです。
その記事を読んで、当時の僕は、
(なんとも優雅だな~)
と感じ入ったものですが――
実際の科学者の活動環境というのは、そんなに優雅なものではなくて――
自分の研究――あるいは、自分たち研究グループの研究――を挫折させないために、日々、実験データの蓄積や研究費の獲得に努めなければならしません。
零細企業の経営者にも似た自転車操業が強いられます。
論文を読むのも――
決して自分の楽しみや息抜きのために読むのではなく――
自分や自分たちの研究が間違った方向に行かないように、常に情報を収集する目的で読みます。
そうした通常の社会人と何ら変わらない過酷な職場環境にあって――
それでも、科学者としての“優雅”な矜持を忘れずに「晴れた日は庭に出て論文を読む」と答えた欧米人科学者は――
やっぱり優雅なのだと感じます。
大学生だった頃の僕は、その欧米人科学者の優雅を言葉通りに受け取りました。
実際には、汗や血で塗り固められた舞台の上で、あえて振る舞われていた“優雅”であったわけです。
どんな仕事も楽ではない――
ということです。