「役得」ならぬ「役損」という言葉は――
いわゆる「noblesse oblige(高貴な者に伴う義務)」の思想を、日本語で卑近に示しうる言葉として、けっこう有用ではないか、と――
僕は思っているのですが――
この「役損」という言葉――
辞書の上では、存在しないことになっています。
――地位が上がれば、役得ではなく、「役損」というものがあるんだよ。
といったのは――
昭和の実業家・白洲次郎だそうですが――
この「役損」は、おそらく「役得」をもじって作られた言葉であって、自然に発生した言葉ではないでしょう――白洲自身が作った言葉かどうかは、わかりませんが――
「役得」という言葉はあるのに、「役損」という言葉がないのは、なぜなのか――
そして――
白洲以降も、この言葉が世間に広く定着しなかった理由は何なのか――
それが気になっています。
「役得」とは、「役目を負うことでもたらされる利益や権力」という意味です。
よって――
「利益」や「権力」の反対語を用いれば、「役損」の意味を定義できるはずです。
「利益」の反対語は簡単でしょう。
普通に「損害」でよいと思います。
が――
「権力」の反対語は何でしょうか。
……
……
これが――
意外に難しいんですよね。
「権力」とは、「望まないことを他者に強制できる力」と定義できます。
よって、その反対語は――
「他者」に着目すれば、「自制」ないし「自律」でしょうし――
「力」に着目すれば、「無力」ないし「非力」となるでしょう。
20世紀スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは――
「権力」の反対語を「愛」といったそうです。
もう、かなりバラバラですね(笑
このように、「権力」の対義を一つに定めることができないものだから――
「役損」という言葉が生まれなかったように思います。
そして――
白洲以降も、この言葉が世間に広く定着することがなかったのでしょう。