マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「震災の非忘却性」とでも呼べそうな

 きのうで、東日本大震災から5年が経ちましたね。

 メディアが色々な形で取りあげています。

 それだけでなく――
 様々な方々がブログなどで個人的に発信を行っています。

     *

 5年以上前から『道草日記』をご覧になっている方は――
 ご存じかと思いますが――

 僕も被災者の一人です。

 5年前のきょうは――
 宮城県石巻市の沿岸部で、津波の瓦礫に閉ざされた建物の2階におりました。

 最初の救援に接したのは翌日の朝――被災3日目の朝――でした。

 陸上自衛隊の福島の部隊の方々であったと記憶しております。

 その頃は――
 福島の原発事故の深刻さは、まだ十分に伝わっていませんでした。

 なので――
 救援の方々からは、もっぱら石巻近辺の被害の甚大さを伺っておりました。

 あの時にお話を伺った方々のご自宅が放射線の影響を受けていなかったのかどうか――
 その後ずっと気になっております。

     *

 被災者のはしくれとしましては――

 震災から5年が経った今日でも――
 震災のことが忘れ去られることなく話題にされることに、ある種の安心感を覚えております。

 が――
 胸中の本当のところは――
 それほど単純ではありません。

 自分の気持ちを素直にいえば、
(震災のことは、忘れたい……けど、忘れられない)
 です。

 できれば、なかったことにしたいのですよね――
 震災が起こったことも、震災に遭ったことも、自分より深刻に被災した人たちと出会ったり話をしたりしたことも――

 が――
 こうしたことをキレイさっぱり忘れることについては――
 道義的ないし仁義的な違和感を覚えるほかに――
 心理的ないし生理的な不可能性も覚えます。

(いや、無理でしょ、忘れるなんて……)
 と――

 仮に――
 どんなに懸命に忘れようと努力をしたところで、
(たぶん忘れられない)
 あるいは、
(忘れられるわけがない)
 と感じるのです。

 こうした、

 ――震災の非忘却性

 とでも呼べそうな感覚を――
 僕は、これまで、ずっと抱いていました。

 たぶん、この先も――
 ずっと抱いていくでしょう。

 この感覚を粛然と受け入れていくことが――
 被災者の一人として、ひどく大切なことのように感じられるのです。