マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

日本の歴史が僕は好きで(続き

 小学校の低学年のときに、

 ――歴史上の人物の伝記を読もう。

 という宿題が出て――
 クラス全員で学校の図書室に向かったことがあります。

 洋の東西を問わず、歴史上の人物であれば、誰の伝記でも良かったのですが――

 僕は、どういうわけか遅れて図書室に入ったため――
 めぼしい伝記は、ほとんど残っていませんでした。

 残っていた数少ない伝記の一冊が『源頼朝』でした。

 本当は、当時TVドラマで人気を集めていた徳川家康などの超有名な人物を読みたかったのですが――
 その徳川家康が尊敬していた人物が源頼朝であると紹介されていたので、
(ま、これでいいか)
 と思ったのですね。

 源頼朝のことは何も知りませんでした。

 徳川家康と同じ時代の人物と思っていたくらいです。

 ――尊敬していた

 というので――
 2人は知り合いだと思ったのですね。

 実際には――
 源頼朝徳川家康より400年ほど早い時代を生きた人物です。

 武家の名門の御曹司として生まれ、後世「幕府」と呼ばれる本格的な武家中心の政権を建てました。

 以後、徳川家康の建てた政権が19世紀に倒れるまで、実に600年以上にわたって、ほぼ同じ発想に基づく統治方式が採用されました。

 徳川家康に尊敬されたのは、しぜんなことといえます。

 このように、その業績が後世から高く評価されたにもかかわらず――
 今日、源頼朝は、歴史上の人物としては、あまり人気がありません。

 理由は、その生涯がわかりにくいからでしょう。

 武家の名門の御曹司として生まれ、10代前半で戦いに敗れ、30代まで流罪人として過ごし――
 本格的な武家中心の政権を建てようと行動を起こした後も、戦いで華々しく活躍することはなく、もっぱら政治活動に専念します。

 中世のことですから――
 政治といえば、すべて“密室政治”――

 武家中心の政権を建てた後も、その発言や行動は地味なまま――

 挙げ句、その最期の様子さえ、ほとんど伝わっていません。

 数えで53歳の年に、移動のために乗っていた馬から落ち、その後ほどなくして亡くなったことが伝わるのみで――
 人間味あふれるエピソードは、ほとんどないといってもよいのですね。

 例えば――
 自分の判断の甘さから戦いに惨敗を喫し、命からがら逃げ帰って、その直後の自分の様子を絵師に描かせ、終生の戒めにしたとか――
 晩年まで健康に細心の注意を払い続けて長寿を保っていたにもかかわらず、最期は鯛の天ぷらの食あたりで亡くなったらしいとか――
 何かと人間味あふれるエピソードが伝わる徳川家康とは、対照的です。

 ……

 ……

 源頼朝とは――
 いったいどんな人物であったのか――

 冷徹で計算高く、知謀に長けた武将であったのか――

 あるいは――
 臆病で疑い深く、常に慎重に動く政治家であったのか――

 ……

 ……

 どちらも少し違うように――
 僕には思えます。

 ……

 ……

 源頼朝の生涯で見落とされがちなのは――
 流罪人とはいえ、30代までそれなりに穏やかに暮らしていながら、突如として、ときの政権に激しく楯(たて)突いた点です。

 しかも、10代前半のときに、戦いで敗れて死罪となるところを、敵に情けをかけられ、流罪とされたにもかかわらず――
 その情けをかけてくれた当の相手に向かって激しく楯突いたのですね。

 この点から感じとれる性質は2つです。

 一つは不撓不屈の精神――
 逆境にめげず、自暴自棄となることもなく、時節到来まで希望を捨てなかった理性の力です。

 もう一つは――のちに政権のトップに君臨するので、ちょっとわかりにくいのですが――反権力志向の強さです。

 ――「反権力志向」? 「権力志向」の間違いではないか。

 と思われる向きが多いかもしれません。

 が――
 もし源頼朝が権力志向の強い人物であれば、政権に楯突くのを30代までは待てなかったと思うのですね。

 平均寿命が今ほど長くはなかった時代です。

 そして――
 本来は武家の名門――権力の中枢に近いところ――にいた人物です。

 権力志向の強い人物であれば、遅くとも20代のうちに、ときの権力に楯突いたに違いありません。

 では、

 ――権力から遠ざかる。

 と一度は意を決した人物が――
 その後、“恩知らず”の汚名を着てまで、ときの政権に楯突いたのは、なぜなのか――

 それは、命をかけた政権批判――つまり、生粋の反骨精神ではなかったか、と――
 僕は感じます。

 ちょうど明治時代の秩父事件で、会津出身の下級武士・平沼銑次(せんじ)が抱いていたとされるような反骨精神です。

 ――今の政治はおかしい。誰かが命をかけて糺さねば、世の中は変わらない。

 という生真面目で不器用な思いです。

 俳優の故・菅原文太さんが演じられた源頼朝には――
 そんな思いが仄かに漂っていました。

 菅原さんの源頼朝のリアリティは――
 源頼朝のキャラクター造形に反骨精神や反権力志向を巧みに織り込むことができたからではないか、と――
 今の僕は思っています。