――“病的な体験”を和らげるとされる薬剤が“ジワジワと強まる効果”をもたらすのは、その薬剤が体の内部に十分に溜まってくると、まず“神経単位(neuron)”の“演算”の過剰な稼働を抑え、次いで“神経単位”の“配線”の自然治癒を促しているからではないか。
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
ここでいう、
――神経単位
とは――
12月16日の『道草日記』で述べた通り、
――神経細胞(nerve cell)
のことではなく、
――その神経系の持ち主によって「1つ」と主観的に認識をされうる体験の発生に関わる全ての神経細胞の集合
のことです。
では、“病的な体験”を和らげるとされる薬剤は、なぜ“神経単位”の“配線”ではなく、“演算”に作用をしていると考えられるのか――
それは――
それら薬剤が、主に神経細胞(nerve cell)のある部分に作用をしている――
ということが、ほぼ確実にわかっているからです。
その部分とは、
です。
この部分における信号の伝達――いいかえるなら、神経細胞の状態の変化の伝播――の効率を一時的にゼロにしたり弱めたりすることで、その効果を発していると考えられる、というのが、
――“病的な体験”を和らげるとされる薬剤
の最たる特徴なのですね。
11月27日以降の『道草日記』で繰り返し述べているように、
――演算
とは、
――神経細胞の個々の状態の推移
のことで、
――配線
とは、
のことです。
――“病的な体験”を和らげるとされる薬剤
は信号の伝達――つまり、神経細胞の状態の変化の伝播――を一時的に抑えるのですから――
それは、
――配線
ではなくて、
――演算
の抑制に違いありません。
より厳密には、
――“演算”の過剰な稼働
の抑制です。
このように、
――“病的な体験”を和らげるとされる薬剤
の作用の機序(mechanism)が、かなり明確にわかっているからこそ――
そのことを足がかりに、僕らは――
例えば、
――“病的な体験”を和らげるとされる薬剤は、まず“神経単位”の“演算”の過剰な稼働を抑え、次いで“神経単位”の“配線”の自然治癒を促している。
との予測を立てることができます。
が――
予測を立てるところまでが限界で――
それ以上に確かなことは何もいえないのです。
――神経単位
の実態――
例えば、その、
――配線
の詳細が、殆どわかっていないからです。