わからないものをわからないままにしておく勇気というのがあるでしょう。
ひと昔前の僕は――つまり、20代の僕は、
(そんな勇気など存在しない!)
と叫んでいたに違いないのです。
つまり、
――世の中には、わからないものをわからないままにしておいてよいものなど、何一つない。
と堅く信じていたということです。
たしかに、人知の及ぶ範囲では、その通りなのです。
誰か他の人が理解していることであれば――
それを自分だけがわからないままにしておくのは、どう考えても得策ではありません。
ときに、それは怠惰とみなされうるでしょう。
が――
30代も半ばを過ぎると、そうもいっていられなくなります。
人知の及ぶ範囲というのは意外に狭いものであるということが、自然とわかってくるからです。
もちろん――
わからないものをわからないままにしておくのは、かなりつまらないことではあるけれども――
残念ながら――
そうせざるをえない現実というものがあるのですね。
それで――
今の僕の関心事は、
――その「わからないものをわからないままにしておく勇気」の意義を、10代や20代の人たちに、いかに教えるべきか。
ということです。
あるいは、
――あえて教えないほうがよいのかどうか。
ということです。
この問いへの回答は、意外に難しいのですね。
たぶん、高齢者層には「あえて教えない」派が少なくないと感じます。
一つの見識でしょう。
若いうちに人知の限界を痛感させることが、その後のその人の知性の発達にマイナスに働くかもしれないからです。
その見識は、
――人知の限界は、教わるものではなく、悟るものである。
という認識でもあります。