――虚構の力
と、よくいいますね。
小説や映画、マンガ、TVドラマの物語には、人の心を動かす力がある――
といった文脈で使われる句です。
この「虚構の力」の本態は、実は、
――現実の力
ではないか、と――
僕は考えています。
現実を虚構で巧みに修飾した結果――
その現実が人の心にとって“心地よい現実”に加工されえたときに――
その“心地よい現実”が人の心を動かしている――
と思うのです。
小説でも映画でもマンガでもTVドラマでも――
現実の要素をまったく含まない物語というのは、成立しえません。
必ず少なからず現実の要素が含まれています。
例えば、どんなに荒唐無稽な舞台設定・事象設定がなされていても、人物設定だけは妙にリアルであったり――
現実の要素をまったく含まない虚構というのは――
面白い物語として成立しえないというだけでなく――
たぶん、かなり退屈な内容になるでしょう――よほど特殊な好奇心の持ち主でない限りは――
そうした虚構の具体例は、ちょっと、今すぐには思いつきませんが――
もし、数学的ないし論理学的な表現形態をとった形而上学というものが成立しうるのなら――
それは“現実の要素をまったく含まない虚構”と呼ぶにふさわしいでしょう。
それはそれで――
特殊な好奇心の持ち主を楽しませることはありうると思いますが――