マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

特別扱いが公平感を醸し出すこともある

 誰かに、

 ――自分を特別扱いにしてほしい。

 と頼まれたら――
 皆さんは、どうされますか。

 ――いかなる理由があっても、あなたを特別扱いにはできない。

 といって断りますか。

 ……

 ……

 たしかに――

 誰かを特別扱いにすることは――
 周囲に不公平感を醸しだし――ひいては揉め事の原因となりえます。

 よって――
 一見、「特別扱いにはできない」といって断るのが賢明なのですが――

 そうとは限りません。

 もし、そこに、特別扱いでしか購えない何かがあれば――
 むしろ、特別扱いにするほうが、かえって公平感を醸し出せることがあるからです。

 その「何か」とは何か――

 ……

 ……

 稀有な不運です。

 ……

 ……

     *

 先日――
 こんな話をききました。

 ある高校で――
 生徒が担任の教師に、

 ――自宅に忘れ物をしたので、取りに帰らせてほしい。

 と訴え出ました。

 忘れ物は放課後の部活動に必要な備品であり――
 それがないと、自分が著しく不利益を被るのだといいます。

 自宅に戻っている間は、当然、授業には出られません。

 つまり――
 その生徒は、

 ――部活動で著しく不利益を被ることがないように、自分だけ授業をサボらせてほしい。

 と求めているに等しかったのです。

 まさに特別扱いの要求です。

 教師は迷いました。

 常識に照らして――
 一度は自宅に戻ることを不許可にしたのですが、

 ――それでは、あまりにも杓子定規にすぎる。

 と考え直し――
 急きょ先輩の教師と相談をして――
 最終的には、自宅に戻ることを許したのでした。

 生徒は、無事に忘れ物をとってくることができました。

 ……

 ……

 この教師の判断を――
 皆さんは、どのようにお考えになりますか。

 ……

 ……

 たしかに――

 高校生の本分は授業を受けることであって、部活動に参加することではない――
 よって、自宅に戻すべきではなかった――
 という考え方は、常識的ではありますが――

 ちょっと通り一遍がすぎるでしょう。

 とはいえ――

 通り一遍の考え方でなければ何でもよいのかといえば――
 それも違います。

 人の世では――
 杓子定規の対応を避け、臨機応変に対応したら、かえって揉め事を大きくしてしまった――
 というような話が――
 決して珍しくはないからです。

 この事例でいえば――
 生徒の忘れ物に“稀有な不運”の様相を感じとれたかどうかが、カギでした。

 もし、この生徒が、ふだんは全く忘れ物をしていなく、この時だけ、たまたま忘れ物をしてしまったのだとしたら――
 それは、“稀有な不運”といえます。

 が――
 もし、この生徒が、ふだんから忘れ物をよくして、この時も、数多くある忘れ物の一つに過ぎなかったのだとしたら――
 それは、“稀有な不運”とはいえません。

 教師は、この生徒が自宅に戻ることを許すか許さないかで、大いに迷いました。

 ということは――
 たぶん、この生徒は、ふだんから忘れ物をよくする生徒であったというわけでは、なかったのでしょう。

 もし、そうであれば、教師は躊躇なく、自宅に戻ることを不許可にできたはずです。

 この生徒は、ふだんは全く忘れ物をしない生徒で、この時だけ、たまたま忘れ物をした――そして、それは、少なくとも生徒の主観では、あきらかに深刻な忘れ物であった――

 そうした“稀有な不運”の様相を――
 教師は、少なくとも無意識的には、わかっていたのです。

 が――
 意識的には、わかっていなかった――

 よって――
 生徒から「自宅に忘れ物をしたので、取りに帰らせてほしい」と訴えがあった時に――
 すぐには判断を下せなかった――

 そう考えることができます。