マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「春眠、暁を覚えず」の深読み(3)

 盛唐の詩人・孟浩然の『春暁』で歌われる、

 ――花

 は――
 当時の国境付近の戦禍で命を落とした若い将兵たちのことではないか――
 という“深読み”を――

 きのうの『道草日記』でお示ししました。

 これで、しっくりくる方は――
 それでよいのですが――

 ……

 ……

 ――いくら若い命とはいえ、戦場に赴く屈強の男たちを、わざわざ「花」に喩えるだろうか。

 と訝る方も、当然あるでしょう。

 孟浩然は――
 なぜ、そのような比喩を試みたのか――

 ……

 ……

 そこで思い当たるのが、

 ――花(か)木蘭(もくらん)伝説

 です。

 花木蘭とは――
 姓を「花」、名を「木蘭」という女性です。

 父に代わって戦場に赴いたとされます。

 伝説には多くのバリエーションがあり――
 花木蘭は、ときには一兵卒であったり、ときには部隊長であったりします。

 姓の「花」にもバリエーションがあって、「朱」や「魏」と伝えるものもあるそうです。

 ところが――
 伝説のあらすじは、だいたい共通していて――

 すなわち――
 年老いた父親に代わって、うら若い娘・木蘭が徴兵の命を受け――
 男装をして従軍をし、郷里を出て国境へ赴き――
 対外戦争に参加、男顔負けの活躍をして味方を勝利へ導き――
 無事に郷里へ戻って、いつまでも親孝行を尽くした――
 という内容です。

 現代では、幾つかの娯楽映画の題材にもなっていますから――
 そちらでご記憶の方も少なくないでしょう。

 この伝説は、どうやら中国・南北朝時代(紀元5世紀から6世紀)に生まれたらしく――
 何かの史実に基づいているわけではなくて、純粋な虚構であると考えられています。

 が――

 火のないところに煙は立たず――

 ひょっとすると――
 そのような若い女性が、少なからず実在していたからこそ――
 生まれた伝説かもしれません。

 少なくとも――
 盛唐(紀元8世紀前半)を生きた孟浩然は――
 この伝説を知っていたはずです。

 よって――
 実際の事の正否はともかくとして――
 花木蘭のような女性が、西方や北方での国境紛争に赴き、人知れず命を落としているかもしれない、と――
 孟浩然が想像を膨らませていた可能性はあるのです。

 そうであれば――
 『春暁』の「花」は、

 ――花木蘭のような女性を指している。

 と深読みをすることができます。

 ……

 ……

 おとといの『道草日記』で――
 孟浩然の『春暁』には、表向き、

 ――些細な色恋沙汰

 が歌われている――
 ということを述べましたが――

 その「恋」の対象は、

 ――花木蘭

 という虚構の女性であったと考えることもできるのです。