マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ケイさんのこと、もしくは呉京燮さんのこと

 英会話学校に通い始めて5年になる。

 通い始めたのは、大学院生のときだった。
 国際学会での発表に備えてのことだ。

 今は文筆に転向したので、その必要はなくなった。

 コマ数を最低限に減らし、

 ――単に英語でダベるだけの時間

 と割り切っている。

 去年から――
 ケイさん(Kay)という男性に教わっている――というか、ダベっている。
 僕より10歳くらい若い。

 ケイさんは、見かけは完全に日本人だ。
 仙台の街を歩いていると、当然のように日本語で話しかけられるという。
 実際に日本語も使えるので、とくに問題はないようだ。

 御両親が在米韓国人である。
 いわれてみれば、韓国人の顔立だ。

 ケイさん自身はアメリカで生まれ育った。
 だから、母語は英語である。

 大学時代は日本に留学していたという。彼女までいたというのだから、相当なものだ。

 ――ケイ(Kay)

 は通称らしい。英会話学校でのみ通じる。
 本名は、

 ――オ・ギャン・スェブ(Oh Gyung Seub)

 という。アメリカでは「ギャン」と呼ばれていたそうだ。
 が、日本では「ギャング」と紛らわしいので、「改名」を迫られたという。

 漢字で書くと、

 ――呉京

 となる。
「呉」が姓、「京燮」が名である。
 日本語では、

 ――ごけいしょう

 と読むのが良いだろう。

「燮」は「That means torch(松明のことだよ)」と教えてくれた。

 ――京(みやこ)で松明を灯す人になれ――

 という願いが込められているらしい。

 早速、手元の辞典で確認すると、「燮」は「柔らかくする、煮る」とあった。

 だから、

 ――日本では「燮」は「boil」だよ。

 と伝えると、
「Really?(ホントに?)」
 とガッカリしていた。

 が、御両親は間違っていない。

 ――燮理(しょうり)

 という言葉がある。「理」は「総理大臣」の「理」だ。一国の宰相のことを、時に「燮理」という。

 それをきき、
「Okay!」
 と、胸を撫で下ろしていた。

 ケイさんが一番、喜んだのは――

 ――「京」は「けい」と読む。

 ということだった。

 ――僕は本当に「ケイ」だったんだ。

 と驚いていた。

「Thank you, Takashi!」
 と笑ったときの顔は和んでいた。

 ちなみに、

 ――Takashi

 というのは、僕の本名だ。

 ケイさんは、年上の僕を、そう呼ぶ。
 極めて自然に――

(生粋のアメリカ人だな)
 と感じる。